新規微小管制御タンパク質(MTCL1)の研究
現在は、私たちが新しく発見した「微小管制御因子、Microtubule crosslinking factor 1 (MTCL1)」 の構造と機能の解明に重点をおいて研究を進めています。というのも、細胞の形態や機能の非対称化・極性化は「微小管と呼ばれる細胞骨格線維を細胞内でいかに配向させるか」ということによって決定的に制御されているからです。そして、MTCL1はこの微小管の配向を制御することで、細胞の形態と機能に重要な役割を果たしていることが明らかとなりつつあります。

極性化した細胞などに見られる「非中心体性微小管」の配向制御
教科書的には、微小管は、中心体にそのマイナス端を結びつけて安定化し、細胞の周辺部に放射状にプラス端を広げて、そのプラス端を激しく伸張、退縮させてることによって機能しているとされています。しかし実のところ、分化、極性化した細胞(たとえば、上皮細胞や神経細胞、筋肉細胞)において微小管の多くは中心体からは伸張しておらず、それぞれ固有の配向を示し、その多くはむしろ安定化して、細胞固有の形態と機能を支えていることが次第に明らかになってきています (下図: Bartolini et al. J Cell Sci. 119: 4155-, 2006)。そして、こうした「非中心体微小管」の形成と配向の制御機構の多くはいまだ不明なままです。

   
  微小管(赤、あるいは空色の実線)は、分化した細胞の種類に応じて、中心体から離れて、さまざまな配向(並び方)を示します。
 
非中心体性微小管の制御に重要な役割を果たす、MTCL1の構造と働き
そうした中、私たちが発見した新規微小管タンパク質(MTCL1)は、N末端にある微小管結合領域が中央部分のcoiled coil領域を介して会合体を形成して微小管を架橋するとともに、C末端にある二つ目の微小管結合領域が微小管を安定化する作用を有することが明らかとなっています(下記モデル図参照)。「微小管を架橋する因子」については、いまだ多くの報告がなく、数多く知られている微小管結合・制御タンパク質の中でもMTCL1は非常にユニークな存在です。


    
 
MTCL1の分子構造と、微小管との相互作用に関するモデル図 

  MTCL1はそもそも微小管制御に働く細胞極性制御キナーゼ、PAR-1の結合タンパク質として発見されたものであり、分子中央を介して起こる、PAR-1との相互作用を通じた機能も示唆されつつあります。 

 
MTCL1は、こうした活性を通じて、
上皮細胞、神経細胞の微小管の配向、組織化に働いていることが次第にわかってきました(上皮細胞における機能については、J Cell Science 126: 4671-4683, 2013に報告済み:下図参照)。

  極性化した上皮細胞におけるMTCL1の細胞内局在 (一面にみっしりと詰まった細胞を上から見た像
 
 微小管染色(細胞周囲にあるのがわかります MTCL1染色(微小管と同じ位置に見られます  微小管とMTCL1の染色を重ねた結果です
 
極性化前の上皮細胞におけるMTCL1の細胞内局在
( 極性化した後と全く異なりますが、微小管の太い束と一致した局在を示しています) 
 
 微小管染色  MTCL1染色  微小管とMTCL1の染色を重ねた結果です


  興味深いことに、同じ上皮細胞でも、細胞がミシミシに詰まって増殖する前の、極性の発達が低い段階(簡単に言うと、細胞の上下方向での形や働きの非対称化が未熟な段階)では、上図にみられるように、MTCL1は細胞内に走る微小管の束に共局在を示します。そしてこの微小管の束は、近年注目されている「ゴルジ体から伸張する微小管」に対応するものであり(下左図参照)、この状態の細胞においてMTCL1はゴルジ微小管の制御に不可欠な役割を果たしていることが最近わかりました(Nat. Communi. 2014)。そして、MTCL1はこうした細胞の方向性を持った運動の維持に不可欠な役割を果たしています。

 
 
さらにMTCL1は、細胞分裂期にその局在を大きく変えて、やはり微小管の束が必要な領域に濃縮することもわかっています。すなわち、MTCL1は、 紡錘体を形成するために微小管配向の再編成が求められる細胞分裂期にも重要な役割を果たしていることが予想されます。
細胞分裂中期の細胞 細胞分裂の最終段階
微小管の染色(紡錘体) MTCL1の染色 微小管の染色(midbody) MTCL1の染色
    (二つの娘細胞がmidbodyという構造でかろうじてつながっています) 

  最近進めている、MTCL1の遺伝子改変マウの解析からは、MTCL1が特に神経細胞の形態・機能の制御に関わることで、個体の運動の円滑な制御に重要なな役割を果たしていることがわかりつつあります。