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第48回生物物理学会シンポジウム"Intrinsically Disordered Proteins: Structure, Property and Function" レポート


2010年9月20日-22日 於 東北大学川内キャンパス
神戸大学医学研究科 廣明 秀一

去る2010年9月に開催された第48回生物物理学会において、本新学術領域の研究成果発信活動の一環として天然変性タンパク質のシンポジウムを、太田 元規(名古屋大学)とオーガナイズしたので、ここに報告する。
当日は、4名の演者に、以下のタイトルでご講演いただいた。

・由良 敬 (御茶ノ水女子大): The interwinding nature of protein-protein interfaces and its implication for protein complex formation [バイオインフォマティクス]
・武田 修一 (名古屋大学): Regulatory mechanism of actin capping protein by an intrinsically disordered peptide CARMIL [構造生物学]
・杉田 有治 (理化学研究所): Molecular simulations of soft interaction between calcium pump and phospholamban [MDシミュレーション]
・片岡 幹雄 (奈良先端大学院大学): The mechanism of induced folding of Staphylococcal nuclease: Folding before binding or binding before folding? [フォールディング研究・タンパク質熱力学]


([ ]内は筆者が独断で記した各演者の公演内容の主たる分野である。)




本シンポジウム開催の趣旨は、ご覧の通り、(1)タンパク質の変性の現象に関して幅広いアプローチから行われている国内の著名な研究者を結集して生物物理学会の参加者とともに議論を盛り上げること、(2)特に本新学術領域には直接には参加されておられない研究グループのアクティビティーに焦点をあて、わが国における天然変性研究の幅と厚みを実感すること、(3)可能な限り一演題の講演時間を長く取って、心行くまで各演者にご講演いただき、聴衆にも深い理解に到達していただくことの3点である。(なお、これらのオーガナイズはすべて太田先生の発案で行われた。廣明はほとんど何もしていないサポート役であることをここに付記したい)。
そして、この迫力ある4演題を、座長席でかぶりつきで堪能させていただいた私は、これまでも漠然とは思っていた「天然変性タンパク質」研究のもつ魅力について、以下のような確信にいたったので、ここに、それを記し、シンポジウムのレポートに変えさせていただく、すなわち、「天然変性タンパク質の研究は、若手の生化学者・タンパク質科学者・構造生物学者・情報生物学者が、この業界(タンパク質科学・生物物理学)に入門・参入するのにもっとも最適な、かつ最重要の問題である」という確信である。

なぜか?もちろん理由がある。ざっと数えただけて5つくらいある。

1.「天然変性タンパク質」は、比較的新しい概念で、しかも一部はいまだ未定・不定なことも多く、そのためまだまだ不完全な学問分野である。つまり、新たな視点で参入してくるフレッシュな若手が大ブレークしうる余地がふんだんにある学問分野である。これから新しいことがどんどん出てくる、何がおきても不思議はないびっくり箱のような研究分野なのだ。

2.1と関連しているかもしれないが、天然変性タンパク質の学問領域では、まだノーベル賞が出ていない。(余談だがAnfinzenをのぞけばprotein folding研究の分野でもノーベル賞は出ていない。)出ていないということは、これから出るかもしれないということである。さらに踏み込んで予測するならば、個人的には廣明はあと10年以内で天然変性タンパク質の発見とその応用に関連してノーベル賞が出そうな気がしている。だとしたら、既にノーベル賞が出てしまった分野で「守勢」に入るよりも、きっと面白いに違いない。

3.天然変性タンパク質には、実にさまざまな分野からの切口がある、つまり「なんでもあり」の状況なのである。その一例を今回のシンポジウムで示すことができた。つまり、生化学・分子生物学・構造生物学・分光学・生物物理化学・フォールディング・プロテインエンジニアリング・バイオインフォマティクス・シミュレーション・プロテオミクス・システムスバイオロジー・シンセティックバイオロジー、etc、etc。だから、参入しようという意欲さえあれば、自分の得意分野を切口にして、これほど参入しやすい研究分野というのもほかには思いつかない。こういう状況は、若い研究者や大学院生には特によいかもしれない。

4.天然変性タンパク質の研究分野には、いろいろな分野の人が参入してくるので、自分の守備範囲以外の多くの他分野の勉強をすることができる。たとえば、変性状態の本質を理解するためには、タンパク質構造や熱力学やファネル理論を勉強しなければならない。リンカー予測を理解するには、ドメインとは何かを知っていなければならない。これは有る意味当然のことで、天然変性タンパク質は、「図と地」の関係で、一般的なタンパク質科学が行ってきた学問のほぼ全てを内包しうるのだ。たくさん学ぶことがあるなんて、素晴らしいことじゃないか。

5.そして、この研究領域には、実に様々なバックグラウンドを持った研究者が参入しているし今後も参入してくるであろう。そこで、自分の守備範囲以外の分野に精通した人と知り合いになり、共同研究者が増やせるかもしれない。つまりオープンマインドな若手にとって特によい環境が整備されつつあるといえる。どうせ、昨今の最先端科学は、競争が激化している。「自分(の専門分野)だけでなんとかなる」「出身ラボの関係者の人脈だけでノウハウを独占して分野のトップを独走できる」なんてわけには、もう、いかないのだ。日本の研究者は「草の根」的共同研究が苦手かもしれないが、天然変性研究ならそれができる!(かもしれない。)

そんなわけで、天然変性タンパク質の学問分野は、刺激的であるし、今後も刺激的でありつづけるであろう。若い分野に参入してきた若い才能たちが、活発に議論をかわす、そんな光景が、今回の生物物理学会シンポジウムに限らず、天然変性関連の学会やセッションで何回も見られてきた。これは、珍しい傾向で、しかも、いい傾向だと思う。なぜなら、わが国における「学究」の一般的なイメージは、「沈思黙考孤高の深化研究(悪くいえばタコツボ)」であるが、欧米における科学の本質は、ディスカッションでありアイデアの交換であり新しい概念の共進化であるからだ。

だからこそぜひ、これから生物物理学・タンパク質科学を研究し始める多くの若手の人たちには、天然変性タンパク質研究を、どしどし、がんがんやってもらいたい。私自身も、本領域の若手育成講習会WG委員の一人として、「天然変性タンパク質研究の醍醐味」を、さらに多くの人に伝えられたらいいと願ってやまない。



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